海辺のお茶会
道具が揃っていなくてもいい。御点前が型通りでなくても大丈夫。
その場、そのひと時をを楽しもうとする心があれば、自由で愉快なお茶の時間はどこにでも生まれる。
三十余年前、松江に近い海辺の町を訪ね、漁師さんの家でお茶を点てていただいた。きっかけは偶然の出会い。
ゴム引きのズボンを履いて網の手入れをしていた初老のご夫婦に声をかけるとおおらかに了解され、
近所の同年代の女友達と普段の茶の間でちゃぶ台を囲んだ。
日焼けした漁師の奥さんの手にあるやかんから直接茶椀へお湯が注がれ、すかさず茶せんが動くと、はいどうぞ。
砂糖をかけた八朔とその皮を甘く煮たもの、チョコレートが当日のお菓子だった。
出雲松江藩は茶人として知られる不昧公こと藩主松平治郷の好みが受け継がれ、暮らしの中でお茶を楽しむ風土があった。
一般庶民には茶の湯はご法度であった時期もあったと聞く。それでも風流を楽しもうとする心の遊びは失われず、
小さな漁村の茶の間の気さくなお茶会に招かれるという幸運に恵まれた。
美しいものに目を向けて遊び心を持てば、どんな状況にあっても、誰もが豊かな時間を作り出すことができるのだ。
水底にキラリと光る小石を取りに行くように、その日のお茶のほろ苦さを時おり思い返してはちょっと背筋を伸ばす。
海辺のお茶会が、いまも何かの形で息づいていることを願いながら。
執筆者名 やましろきみこ コピーライターとして山陰地方を取材。神戸の農村に残る伝統行事や茅葺民家、旅や本、映画、
暮らしまわりの気づきについての文章を寄稿。
季節を楽しむ
ハロウィンを楽しむ
おやつでも 楽しむ
クリスマスだって・・